つくって終わりではない、「統合報告書」の活用術 “対話のための開示”による経営の進化とは
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統合報告書の現在
「統合報告書」を制作する企業は年々増加していますが、「つくって終わり」になっている企業も多いように見受けられます。
統合報告書は総じてボリュームが多く、100ページを超えるものも少なくありません。もちろん、これだけの報告書をつくり上げるのは大変な作業であり、それ自体は大変すばらしいことなのですが、それが形になった時、「よし、終わった」と燃え尽きてしまうこともあるのではないでしょうか。
統合報告書は投資家との対話を促進するためのツールです。
制作して開示することよりも、その後、いかに投資家との対話につなげていけるかが重要となります。
現状に目を向けると、統合報告書を制作する企業が増えているにもかかわらず、投資家と企業との対話は依然として不足しています。
以前の記事「増え続ける株主提案。投資家との”良い対話”とは」でもお伝えしたように、対話を求める投資家の要望に企業側が応えられていないのが現状です。
なぜ、投資家は企業との対話を求めるのか
そもそも、なぜ、投資家は企業との対話を求めているのでしょうか。
端的に言えば、対話なしに的確な投資判断を行うことが難しくなっているからです。
ひと昔前であれば、対話しなくても、法定開示物や財務分析などの定量データから企業のパフォーマンスをある程度、正確に予測することができました。今ほど環境変化が激しくなかったため、売れている商品・サービスがあれば、今後5年くらいは大丈夫だろうという見通しを立てられるケースが多くありました。
しかし昨今は、目まぐるしく環境が変化しており、技術革新や情報流通のスピードも格段に早くなりました。売れている商品・サービスはすぐに模倣されるため、先行者利益を享受し続けるのが難しくなっています。むしろ、同様の商品・サービスをより安く提供する後発者のほうが有利とも言える状況です。
こうした時代においては、もはや顕在化している情報だけで企業の将来価値を予測することはできません。それゆえ、投資家は企業の将来価値に影響を与える非財務資本に注目するようになりました。
投資家の一番の関心事は「非財務資本をいかにして将来価値に転化していくのか」ということであり、その道筋を知るために対話を求めるようになったのです。
目標到達までの道筋がうかがえる情報を開示することが重要
企業が投資家と対話するためには、まず対話の材料になるものを開示しなければなりません。しかし、大半の企業は投資家のニーズに応える開示ができていません。
これは、「事実」や「結果」の開示にとどまっているからと言えます。そうではなく、「何を目指し、そのためにどんなことをしているのか」というように、目的到達に向けた「道筋」「ストーリー」を開示することが重要です。
プロ野球を例に考えてみましょう。熱心な野球ファンはさまざまな情報から、「今年はどのチームが強そうか」と優勝予想をするでしょう。その時に参照する前年の勝敗データは「結果」に過ぎません。
また、「どのような選手・コーチがいるのか」といった情報は単なる「事実」に過ぎません。これだけの情報で、優勝チームを予想するのは難しいでしょう。
本当に優勝チームを予想しようと思ったら、これらの情報に加え、「どのような勝ち方を目指し、どのようなチームづくりをしているのか」「そのためにキャンプでは何を強化し、どのような練習をしているのか」などの情報も必要になるはずです。
話を企業経営に戻すと、前年の業績や取締役会に占める社外取締役の割合は結果・事実であり、投資家が企業の将来価値を予測するには少々不足があります。
それよりも、例えば「取締役会でどのような議論を交わしているのか」「社外取締役からどのような提言があったのか」「何を目指し、どのような戦略を実行するのか」といった、目標到達までの道筋がうかがえる情報を開示することが大切です。
見栄えの良い数値や、うまくいった結果ばかりを並び立てても、それだけを見て「この会社の将来は安泰だ」と考える投資家はいません。
重要なのは、企業が目指す先や、そこに至るプロセスを知りたいと考える投資家のニーズに向き合い、「いかにして将来価値を創出していくのか」というストーリーを開示することです。
そして、企業がこうしたストーリーを比較的自由に表現できる媒体が「統合報告書」だと言えます。
あらためて「統合報告書」を制作する意義を考える
当社は企業の統合報告書の制作をご支援していますが、「統合報告書を制作しても読んでもらえないのでは」「100ページも制作する意味はあるのか」「毎年、何のために制作しているのかよくわからない」といったお客様の本音を耳にすることがあります。このようなお話を伺った時、当社では2つの大切な考え方をお伝えしています。
統合報告書は「対話の糸口」にするものである
冒頭で申し上げたとおり、統合報告書はつくって終わりではなく、投資家との対話を促進するツールとして活用していかなければなりません。
良い統合報告書の条件は、多くの人に読まれることでもなければ、最後まで読まれることでもありません。投資家との「対話の糸口」になることです。
もし、貴社の統合報告書を制作する目的が「開示のため」になってしまっているのであれば、今一度目的を見直し、「対話のための開示」という意識で制作することをおすすめします。
「開示のための開示」だと、投資家とのコミュニケーションも「統合報告書を発行したから読んでください」と形式的な対話にとどまりがちです。
しかし、「対話のための開示」であれば、「今年の統合報告書にある○○の内容について対話しましょう」というように、企業側からコミュニケーションをとりやすくなります。
統合報告書が「対話のためのツール」なのであれば、必ずしも最初から最後まで読んでいただく必要はありません。将来価値につなげるためのストーリーが明確に描かれていて、なおかつ、どのコンテンツを切り取っても投資家との対話の糸口になる統合報告書が理想です。
統合報告書は「つくる過程」にも大きな意味がある
統合報告書ほど、企業経営のコアな部分が濃縮されたツールはありません。統合報告書は制作・開示した後、いかに投資家との対話につなげられるかが重要だと申し上げましたが、実は、つくるプロセスそのものにも大きな意味があります。
通常、企業規模が大きくなるほど、経営は分断されていきます。統合報告書は、「統合」と名がついているように、同じ旗印のもとベクトルを合わせ、企業内のあらゆる経営情報を統合したものです。
統合報告書の制作を通して、企業としての強み・課題を再確認でき、あらためて目標や価値観、戦略を共有することができます。
義務感からつくるのではなく、「私たちの会社を知ってもらいたい」という姿勢で主体的に統合報告書をつくることで、経営そのものにもポジティブな影響がもたらされるはずです。
対話ツールとして理想的な統合報告書の事例
ステークホルダーが多い大手企業ほど、統合報告書を対話の糸口にしていこうという姿勢が表れているように見受けられます。対話を促進するツールとしての統合報告書の事例をご紹介します。
三井化学株式会社
冒頭に、「本レポートでお伝えしたいこと」として、3つのポイントが記載されています。これがあることで、毎年発行されるレポートの「どこが変わったのか」「今年の重要ポイントは何か」ということがわかりやすく、毎年チェックしている投資家にとって、非常に親切な設計となっています。
出典:三井化学株式会社 「三井化学レポート2023」
https://jp.mitsuichemicals.com/content/dam/mitsuichemicals/sites/mci/documents/ir/ar/ar23_all_web_jp.pdf.coredownload.inline.pdf
日本ペイントホールディングス株式会社
統合報告書の説明会を開催し、その様子を文字に書き起こし、自社ウェブサイトで公開しているのは同社の特徴的な取り組みです。投資家だけでなく、すべてのステークホルダーがいつでも対話の様子をキャッチアップすることができます。
出典:日本ペイントホールディングス株式会社 「統合報告書2023」説明会 説明会要旨
https://www.nipponpaint-holdings.com/ir/library/materials/20240119_summary/
三井物産株式会社
インベスターDayを毎年実施し、さらなる企業価値向上に向けてじっくりと対話する機会を設けています。注力事業の事業部長が登壇したり、社外役員が登壇したりするなど、普段のIR説明会では対話しきれないテーマについて意見を交わしています。
出典:三井物産株式会社 「インベスターデイ2023」
https://www.mitsui.com/jp/ja/ir/meeting/investorday/2023/index.html
まとめ
投資家と対話を重ね、投資家からの示唆や提言を経営に取り入れることができれば、理解・共感をベースにした投資を得ることもかなうはずです。
こうして、企業と投資家が対話することが当たり前のカルチャーになれば、「良い会社に良い投資が集まる」資本市場が形成されていくでしょう。
統合報告書は、「開示のための開示」ではなく、「対話のための開示」という前提でつくるべきものです。経営の最もコアなメッセージが詰め込まれた統合報告書を活用し、投資家との対話が有益なものとなることを願っています。